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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)243号 判決 1997年5月22日

徳島市山城町東浜傍示5番地の37

原告

堀田征右

同訴訟代理人弁護士

加藤静富

同訴訟代理人弁理士

入江一郎

徳島市上八万町西山626番地

被告

岩城功

同訴訟代理人弁護士

筒井豊

主文

特許庁が平成5年審判第19948号事件について平成6年9月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「仏壇」とする特許第1697949号発明(昭和60年7月9日出願、平成3年9月30日出願公告、平成4年9月28日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成5年10月7日、特許庁に対し、原告を被請求人として本件発明の特許(以下「本件特許」という。)について無効審判を請求し、同年審判第19948号事件として審理された結果、平成6年9月9日、「本件特許を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は、同年10月12日、原告に対し送達された。

2  本件発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)

A  基箱の空間の内面に、駆動装置に連係され該内面に沿って横行する内扉片と該内扉片の外側縁に蝶着される外扉片とからなる一対の扉体を、前記内扉片を各内側にかつ内扉片の内側縁が近接することにより前記空間を閉止しかつ離間により開放可能に取付ける一方、

B  前記扉体を開放或は遮断するために、前記扉体の前方に位置し回動可能に支持された一対の内の開き扉と、

C  この内の開き扉の開放時の前記内の開き扉の後方に前記扉体を収納する収納部を形成し、

D  前記扉体の開放時、前記収納部に前記扉体を前記蝶着した部分より折曲して前記内扉片は、前記基箱の巾方向に前記外扉片は、前記基箱の奥行方向に収納してなることを特微とする仏壇(別紙図面(1)参照、なお、AないしDの符号は便宜上付したものである。上記AないしDの記載部分を、以下、それぞれ「Aの要件」ないし「Dの要件」という。)。

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  本件発明の効果は、仏壇の巾寸法を低減でき、仏壇を小型化しうるとともに、厨子の空間の開閉のために扉体を用いるときには、厨子容積を増大でき、仏壇の見映え、荘厳性を向上させるというものである。

(3)  これに対し、請求人(被告)は、本件発明が、本件発明と同日に特許出願された特許第1611399号発明(以下「同願発明」という。)と同一であり、しかも、出願人間において協議をすることができないものであるから、本件発明は、特許法39条2項の規定に該当し、同法123条1項1号により無効とされるべきであると主張する。

(4)  同願発明は、本件発明と同日(昭和60年7月9日)に出願され、平成2年8月15日に出願公告(以下、同公告に係る公報を「同願公報」という。)、平成3年7月30日に設定登録がされたものであるが、その発明の要旨は次のとおりである。

「a 基箱の空間の前面に、駆動装置に連係され該前面に沿って横行する内扉片と該内扉片の外側縁に蝶着される外扉片とからなる一対の扉体を前記内扉片を各内側にかつ内扉片の内側縁が近接することにより前記空間を閉止しかつ離間により解放可能に取付ける一方、

b 基箱の前記空間の側部奥方で該基箱に一端を枢支され水平回動可能な揺動腕の他端を前記外扉片に枢着してなる仏壇。」(別紙図面(2)参照、なお、a及びbの符号は便宜上付したものである。上記a及びbの記載部分を、以下「aの要件」及び「bの要件」という。)

(5)  そして、同願発明の明細書(以下「同願明細書」という。)における「発明の詳細な説明」には、同発明について、次のとおり、その説明(ア)と作用効果(イ)が記載されている。

ア 「揺動腕10が外扉片6を、内扉片5との蝶着点を中心として空間3の側部に向かって第4図に示すごとく屈曲する。又第5図に示すごとく、内扉片5が完全に離間し、空間3を解放したときには、外扉片6は内扉片5と直角となるごとく前記側部に、側板22とほぼ平行に収納される。」(同願公報5欄38行ないし44行)

イ 「本発明の仏壇は、(略)外扉片を前記空間の側部に折曲げて収納させうるものであるため、仏壇の巾寸度を低減でき、仏壇を小型化しうるとともに、厨子の空間の開閉のために扉体を用いるときには、厨子容積を増大でき、仏壇の見映え、荘厳性を向上する。」(同7欄2行ないし10行)

(6)  審判手続における甲第2ないし第4号証(本訴における甲第3ないし第5号証)である昭和59年特許出願公開第164014号ないし第164016号各公報には、そのいずれにも、箱部の前面に、回転可能に一対の扉体3を設け、該箱部の前面を開閉可能にし、該扉体と箱部の背板との間に、互いに逆の横方向に往復動でき、その閉止により背板を遮蔽しうる、一対の覆板9を設けた仏壇が記載されている。

(7)  そこで、本件発明と同願発明とを対比すると、以下のとおりである。

ア 特許請求の範囲の記載である、本件発明のAの要件と、同願発明のaの要件とを比較すると、一対の扉体の取付け位置が、本件発明では「基箱の空間の内面」とあるのに対し、同願発明では「基箱の空間の前面」と記載され、表現上の相違はあるものの、実際の扉体の取付け位置には差異はなく、両者は同じである。

イ 同願発明のbの要件は、構造的に表現されたものであり、上記(5)アの記載からみるならば、同発明の扉体は、その開放時においては、空間の側部に、扉体を蝶着した部分より折曲して収納され、その際、内扉片は基箱の巾方向に、外扉片は基箱の奥行方向に収納される。

これは、本件発明のDの要件と同じである。

また、本件発明は、Cの要件において、扉体の収納部の位置を特定しているが、該位置は、空間の側部とも表現でき、この点においても、同願発明と差異はない。

ウ 以上のとおり、本件発明と同願発明は、本件発明がBの要件である内の開き扉(13)を備えているのに対し、同願発明は開き扉を備えていない点において相違し、その余は同じである。

エ そこで、上記相違点について検討する。

基箱の空間を開閉する扉体の前方に、更に、回転可能に支持された一対の開き扉を設けた仏壇は、審判手続における甲第2ないし第4号証(本訴における甲第3ないし第5号証)にみられるように、本出願前からきわめて周知のものである。

すなわち、本件発明のBの要件は、仏壇において周知の技術であって、同願発明の具体例としても、「内の開き扉13は、第6図に略示するごとく、前記側片34の前方で枢支する外扉片66と、その内側縁で蝶着される内扉片67とを有する一対の折戸状の扉体69、69を具える。」(同願公報5欄9行ないし12行)とあるように、Bの要件を備えたものが示されているところである。

(8)  したがって、本件発明は、同願発明に、単に周知技術を付加したものにすぎず、実質的に同願発明と同一と認められる。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(4)ないし(6)は認める。

同(7)アは争わない。

同(7)イないしエ、同(8)は争う。

審決は、本件発明の構成が、BないしDの要件において、同願発明のa、bの要件と一致しないにもかかわらず、それらを、同一もしくは実質的に同一のものと誤って認定判断し、その結果、本件発明と同願発明とが同一の発明であるとしたものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

(1)  本件発明のBの要件(「内の開き扉」の存在)について

本件発明のBの要件に係る構成は、同願発明にはない。

審決は、この点について、仏壇において「内の開き扉」を設けることは、当業者にとってきわめて周知の技術であり、単なる周知技術の付加であるとして、Bの要件を有する本件発明と、それを有しない同願発明とを実質的に同一のものであるとしたが、「内の開き扉」が周知技術であると認定すべき根拠はない。

審決が、上記認定の根拠としてあげる甲第3ないし第5号証(昭和59年特許出願公開第164014号ないし第164016号各公報)は、いずれも、本件発明の出願人である原告又は同願発明の出願人である高橋義信(同願発明の発明者)が、同日に、同一代理人により特許出願したものの公報にすぎず、また、高橋義信は、昭和58年における上記公報に係る特許出願の当時、原告と共同して、自動仏壇というきわめて特殊な仏壇を開発していた者であるから、上記出願は、実質的には、同一人によりなされたにすぎないものというべきである。このような事情からみるならば、上記の公知資料の存在をもって、「内の開き扉」が、本件発明の出願当時、数多くの仏壇業者間において周知の技術であったとは、到底認められないところである。

したがって、本件発明と同願発明とは、本件発明のBの要件において、一致するものとはいえない。

(2)  本件発明のCの要件(扉体を収納する収納部)及びDの要件(収納部における扉体の収納形態)について

ア 本件発明のCの要件に係る構成は、同願発明にはない。

本件発明における「収納部」は、あくまでも「内の開き扉が開放された時に、その後方にできる空間」を意味している。内の開き扉の存在を前提にした収納部は、内の開き扉によって閉鎖ないし画される収納空間を指しているのであって、単に厨子の側部を意味するものではない。

イ 本件発明のDの要件に係る構成は、同願発明にはなく、同願発明のbの要件(外扉片に枢着された揺動腕)に係る構成も、本件発明にはない。

同願明細書における「発明の詳細な説明」中においては、確かに、扉体が、基箱(厨子)の側部に蝶着された部分で折り曲げられ、外扉片が奥行き方向に、内扉片が巾方向に収納されることが記載されているが、だからといって、このことが同願発明の構成要件になっている訳ではない。本件においては、本件発明と同願発明の同一性が問題となっている以上、その間の構成要件同士を対比すべきであり、そうすると、本件発明のDの要件と、同願発明のbの要件とは重なり合うところがまったくない。

ウ これらの構成要件の違いは、両発明の技術的思想の違いに基づくものである。

(ア) すなわち、本件発明においては、明細書の「発明の詳細な説明」の欄の「作用」の項に、「内扉片5が完全に離間し、空間3を解放したときには、収納部7Aに扉体7、7を蝶着した部分より折曲して内扉片5は、基箱2の巾方向に外扉片6は、基箱2の奥行方向に収納される。従って、外扉片6を内扉片5に一体化した場合に比べて、仏壇1の巾寸度を低減できる。」(本件発明の出願公告公報6欄24行ないし29行、以下、同公報を「本件公報」という。)と記載されているように、その技術的思想は、扉体の前方に置かれた「内の開き扉」を開放したときに、「内の開き扉」の後方の影の部分に空間を作り、これを、折曲げ可能に蝶着された折り戸状の扉体の収納部とした上、扉体の外扉片を上記空間の奥行き方向に曲げて収納することにより、上記空間の巾を狭くすることができ、そのため、全体として仏壇の小型化を図ることができるという点にある。

他方、同願発明においては、同じく、明細書の「発明の詳細な説明」の欄の「作用」の項に、「揺動腕10が外扉片6を、内扉片5との蝶着点を中心として空間3の側部に向かって第4図に示すごとく屈曲する。又、第5図に示すごとく、内扉片5が完全に離間し、空間3を解放したときには、外扉片6は内扉片5と直角となるごとく前記側部に、側板22とほぼ平行に収納される。」(同願公報5欄38行ないし44行)と記載されているように、これは、「基箱の前記空間の側部奥方で該基箱に一端を枢支され水平回動可能な揺動腕の他端を前記外扉片に枢着してなる」(同願発明のbの要件)揺動腕により、蝶着された外扉片と内扉片からなる扉体の外扉片を、内扉片と直角になるごとく側部の奥行き方向に曲げ込む技術である。

(イ) このように、本件発明と同願発明とは、外扉片を奥方向に、内扉片を巾方向に、ほぼ直角に折曲げる点で共通しているものの、本件発明における収納部の思想は、同願発明には存在しない。

(ウ) 他方、本件発明においては、扉体を折曲する手段を限定していないのに対して、同願発明は、まさにその手段を具体的な構成要件とすることにより成立する発明である。そのため、同願発明は、本件発明とは、いわば、その一部において、上位概念、下位概念の関係に立つものであり、いわゆる選択発明に類するものということができる。

(エ) また、このような、同願発明における揺動腕を使った技術は、本件発明の明細書(以下「本件明細書」という。)のいずれにも記載されていないものであり、本件明細書に、実施例として記載されているガイド片と案内溝による折曲げ機構に比べ、製作が容易であり、製作コストが安い、故障が少ない、動きがスムーズである等の、本件発明にはない特有の有利な作用効果をもたらすものである。

エ したがって、本件発明のCの要件及びDの要件についても、同願発明と一致するものではない。

(3)  以上のとおりであるから、同願発明は、本件発明とは構成要件を異にし、独自に特許されるべきものであることは明らかであるから、本件発明と同願発明とを同一のものとした審決の認定判断は誤りである。

第3  請求の原因の認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  本件発明のBの要件(「内の開き扉」の存在)について

一般に、ある発明に、単なる慣用手段(慣用技術、周知技術)を付加したにすぎないものは、元の発明と実質的に同一のものと判断される。また、特定の技術が周知技術(慣用技術)にあたるか否かについての認定判断は、その技術分野に属する大多数の者が上記技術を認識しているか否かについての直接の立証に基づかなければできないというものではなく、当業者の技術常識、あるいは合理的な資料に基づいて、その技術を周知技術(慣用技術)と認めることができるか否かにより判断すれば足りるものである。

そして、本件発明における「内の開き扉」については、いずれも公知資料として十分な甲第3ないし第5号証(公開特許公報)中において、「内の開き扉」に関する技術が示されていること、また、上記の「内の開き扉」は、当業者にとって古くからの周知の技術である、仏壇の「厨子の両開き扉」に相当するものであること、上記3件の公開特許公報に係る特許出願の時期が、いずれも昭和58年3月8日であり、本件発明の出願日より2年以上も前のことであること、「内の開き扉」を発明の要旨としない同願明細書においても、「内の開き扉」を備えた実施例が示されていること等を考慮するならば、審決が、これらの事実に基づいて、本件発明の「内の開き扉」に関する技術を周知技術(慣用技術)と判断したことには十分に合理的な根拠があり、その判断は明らかに正当である。

したがって、審決が、本件発明のBの要件について、同願発明に周知技術を付加したものにすぎず、本件発明が実質的に同願発明と一致するとしたことには誤りはない。

(2)  本件発明のCの要件(扉体を収納する収納部)及びDの要件(収納部における扉体の収納形態)について

ア 発明の同一性を判断するための前提として発明の内容を把握するにあたっては、特許請求の範囲の記載に基づくべきことは当然であるが、その際、明細書における「発明の詳細な説明」及び図面を参酌できないというものではない。

本来、発明は、技術的思想の創作(特許法2条)であることから、発明の同一性の判断に当たっても、特許請求の範囲に記載された表現又は記載形式の異同のみによって、発明の異同を判断すべきではなく、特許請求の範囲の記載中に存在する技術的思想の実体に着目して判断すべきものである。

したがって、特許請求の範囲の記載中に存在する上記技術的思想の実体を把握するために、「発明の詳細な説明」及び図面の記載を参酌すべきことは当然である。

イ 本件発明のCの要件について

(ア) 本件発明における「収納部」については、本件発明のDの要件及び本件明細書における「発明の詳細な説明」の記載を参酌すれば、「内の開き扉の開放時にその後方に位置する空間」を意味するものでしかなく、原告主張のように、「内の開き扉の開放時にその後方にできる空間」として、内の開き扉の存在を前提として初めて形成される空間といったものを意味するものでないことは明らかである(なお、原告は、「内の開き扉の存在を前提にした収納部は、内の開き扉によって閉鎖ないし画される収納空間を指している」とも主張しているが、本件明細書における「発明の詳細な説明」中には、「収納部」が、内の開き扉によって「閉鎖ないし画される」ものであるというようなことを表した記載は一切みられず、明細書添付図面(別紙図面(1))第6図等からみて、せいぜい開放時の内の開き扉の後方に「収納部」が位置することしか記載されていない。)。

そうすると、本件発明における「内の開き扉の開放時にその後方に位置する空間」とは、言い換えれば、審決に記載のとおり、「空間の側部」とも表現できることは明らかである(現に、本件明細書における「発明の詳細な説明」にも、「本発明は、外扉片を空間側部内に折曲げ収納可能とすることによって、引戸を用いて空間を開閉できかつ構造を簡易化するとともに、巾寸度の低減をも可能とする仏壇の提供を目的としている。」(本件公報2欄19行ないし22行)との記載があり、「収納部」の位置を「空間の側部」という表現で特定している。)。

したがって、原告の主張する、本件発明における「収納部」の思想は、当然、同願発明においても認められるものである。

(イ) 以上によれば、本件発明のCの要件は、同願発明と一致するものであり、その点についての審決の認定判断に誤りはない。

ウ 本件発明のDの要件について

(ア) 同願発明のbの要件は、発明が「構造的に表現されたもの」であることが明らかであり、他方、本件発明のDの要件は、同一のことが、いわば、主に作用の面から表現されたものということができる。そして、同願明細書における「発明の詳細な発明」中の前記3(5)アの記載を参酌すれば、同願発明のbの要件は、その技術的思想の実体から、審決記載のとおり、「同発明の扉体は、その開放時においては、空間の側部に、扉体を蝶着した部分より折曲して収納され、その際、内扉片は基箱の巾方向に、外扉片は基箱の奥行方向に収納される。」(前記3(7)イ)として、作用の面からも表現し得るものであることが明らかである。

(イ) そうすると、本件発明と同願発明においては、同願発明のbの要件が構造的に表現されたものであり、本件発明のDの要件が作用の面から表現されたものであるという、特許請求の範囲の記載上における表現ないしは記載形式の違いはあるものの、技術的思想の実体については同じというべきであるから、両者の上記要件を同一であるとした審決の認定判断は正当である。

(ウ) なお、原告は、本件発明におけるDの要件について、本件発明と同願発明とは選択発明に類する関係にあると主張するが、両者はそのような関係にあるものではない。

また、仮に、仏壇の扉体を折曲する手段に関し、本件発明と同願発明との間に広狭の差があるとしても、両者が部分的に抵触することは明らかである上、本件発明の要旨から、同願発明における扉体を折曲する手段を取り除いた形をもって、本件発明を客観的に理解することは不可能であるから、このような部分的な抵触を来す場合も、発明が同一である場合に該当するものと解すべきである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、同願発明の出願経緯、その発明の要旨、同願明細書における記載内容、審判手続における甲第2ないし第4号証(本訴における甲第3ないし第5号証)の各記載内容がいずれも審決記載のとおりであることについても当事者間に争いがない。

第2  本件発明の概要について

成立に争いのない乙第1号証(本件公報)によると、本件発明の概要は以下のとおりである。

1  本件発明は、引戸状の扉体を有し、かつ巾寸度を低減しうる仏壇に関するものである(1欄24行ないし25行)。

2  仏壇においては、基箱内に設けた厨子の前面もしくは基箱の全体等における基箱の空間を、引戸状の扉体を用いて開閉するものが知られている。また、このような扉体は、例えば、電動機を用いた駆動装置によって被動する。

他方、従来の引戸式の仏壇では、別紙図面(1)の第9図のように、引戸を形成する内扉片A、外扉片Bが、その空間Cの解放に際して、前後に折り重なる形になるように取り付けられている。しかし、その構造による場合には、内、外扉片A、Bを摺動させる二つのレールが必要となり、駆動装置の構造が複雑となるほか、扉片が重なり合うため前後の長さが増し、仏壇内部の空間を減じるという問題点がある。また、扉片を前後に重ねることなく空間を開閉する場合には、空間の側部における扉片収納用のスペースが必要となり、仏壇の巾寸度を増大させるという欠点が生じる(2欄1行ないし18行)。

3  本件発明は、上記のような問題点に鑑み、外扉片を空間側部内に折曲げ収納可能とすることによって、引戸を用いて空間を開閉でき、かっ、構造を簡易化するとともに、巾寸度の低減をも可能とする仏壇の提供を目的として、要旨記載の構成を採用したものである(2欄19行ないし22行)。

4  本件発明の一実施例の一部を別紙図面(1)に基づいて説明するならば、次のとおりである。

ア  仏壇1は、基箱2の空間3の前面に、内扉片5と、これに蝶着される外扉片6とからなる一対の扉体7、7を取り付けるとともに、基箱2に設ける案内溝9によって、前記外扉片6に突設したガイド片10を案内させるものである(3欄1行ないし6行)。

イ  内の開き扉13は、扉体7、7を開放あるいは遮断するために、扉体7、7の前方に位置し、回動可能に支持され、更に、内の開き扉13の開放時には、その扉の後方に、扉体7、7を収納する収納部7Aを形成している(3欄11行ないし15行)。

ウ  ガイド片10は、前記外扉片6の外側縁背部に固定されたL字の取付金具54の先端に、ローラを垂直に立上げたものであり、また、ローラは案内溝9により案内される。

なお、ガイド片10は、外扉片6の上下の一方又は双方に設けることができ、本例では、その上辺に設けている(5欄20行ないし26行)。

エ  ガイド片10が、案内溝9に案内されることによって、外扉片6は、基箱2の前面を通過するとともに、奥方に移動し、かっ、内扉片5との蝶着点を中心として、空間3の側部に向かって、第4図に示すように屈曲する。また、第5図に示すように、内扉片5が完全に離間し、空間3を解放したときには、扉体7、7は、内扉片5と外扉片6とが蝶着された部分より折曲して、収納部7Aにおいて、内扉片5は基箱2の巾方向に、外扉片6は基箱2の奥行方向に収納される。したがって、仏壇1の巾寸度については、外扉片6を内扉片5に一体化した場合に比べて、低減することができる(6欄19行ないし29行)。

5  本件発明に係る仏壇は、要旨記載のAないしCの要件に係る構成及び扉体の開放時、収納部に、扉体をその蝶着した部分より折曲して収納する構成を採用したことにより、上記のとおり、仏壇の巾寸度を低減でき、仏壇を小型化し得るとともに、厨子の開閉のために扉体を用いるときには、厨子容積を増大することができ、仏壇の見映え、荘厳性を向上させるという作用効果を奏する。

また、扉体の開放時、扉体を、蝶着した部分より折曲して、その内扉片を基箱の収納部の巾方向に、外扉片を奥行方向に収納する構成を採用することにより、内の開き扉の開放に伴う巾寸度を利用でき、仏壇の小型化を図ることができるという作用効果も奏する。

更に、扉体の折曲は、外扉片にガイド片を突設するとともに、基箱に、基箱空間の側部に向かい奥方に延びる案内溝を設け、その案内溝にガイド片を案内させ、外扉片を後方に回動させることによってなされるものであるため、簡易に構成できるとともに、案内溝を、基箱空間の側部に向かう奥方に設けるため、案内溝の傾斜を大きく取ることにより、基箱の巾寸度を取ることなく扉体を収納することができ、基箱自体のコンパクト化を図ることができるという作用効果も奏する(7欄28行ないし8欄23行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1  まず、原告の主張のうち、本件発明のDの要件に係る構成(収納部における扉体の収納状態)と、同願発明のbの要件に係る構成との間における同一性の点から検討する。

これについて、原告は、審決が、本件発明のDの要件と同願発明のbの要件とが一致すると認定、判断したことに対し、本件発明のDの要件に係る構成は同願発明にはなく、同願発明のbの要件に係る構成は本件発明にはないから、両者は同一のものではないと主張する。

2  そこで検討するに、まず、同願明細書における「発明の詳細な説明」欄のbの要件に関する記載について更にみるならば、前記第1における争いのない事実に、成立に争いのない甲第2号証(同願公報)によると、次のとおり記載されていることが認められる。

ア  「本発明は、障子式の扉体を有し巾寸度を低減しうる仏壇に関する。」(同願公報1欄12行ないし13行)

イ  「本発明は、内扉片(注・「外扉片」の誤記と考えられる。)を空間側部丙に折曲げ可能とすることによって、障子を用いて空間を開閉できかつ構造を簡易化するとともに、巾寸度の低減をも可能とする仏壇の提供を目的としている。」(同2欄4行ないし7行)

ウ  「揺動腕10は、略く字に折曲がるアーム体であり、その一端は、前記側片34の外側即ち空間3の側部奥方で天井板30に枢着され、水平面内を回動できる。

なお、揺動腕10は外扉片6の上下の一方又は双方に設けることができ、本例ではその上辺に設けている。

又揺動腕10は、外扉片6が空間3を閉じた状態における外扉片6の外縁即ち枢支点を外扉片6が内扉片5と直角となる状態迄の間を、該揺動腕10の空間3側部内への水平傾動とともに案内する。」(同4欄41行ないし5欄8行)

エ  「揺動腕10が外扉片6を、内扉片5との蝶着点を中心として空間3の側部に向かって第4図に示すごとく屈曲する。又第5図に示すごとく、内扉片5が完全に離間し、空間3を解放したときには、外扉片6は内扉片5と直角となるごとく前記側部に、側板22とほぼ平行に収納される。従って、外扉片6を外扉片5(注・「内扉片5」の誤記と考えられる。)に一体化した場合に比べて、仏壇1の巾度を低減できる。」(同5欄38行ないし6欄2行)

オ  「〔発明の効果〕 このように、本発明の仏壇は、(略)外扉片を前記空間の側部に折曲げて収納させうるものであるため、仏壇の巾寸度を低減でき、仏壇を小型化しうるとともに、厨子の空間の開閉のために扉体を用いるときには、厨子容積を増大でき、仏壇の見映え、荘厳性を向上する。又外扉片は、揺動腕を用いて折曲げでき、簡単に構成しうる結果、組立て性、作業性をも向上する。」(同7欄1行ないし8欄1行)

3  続いて、本件発明のDの要件と同願発明のbの要件とを対比するならば、

ア  本件発明のDの要件は、「扉体の開放時、前記収納部に前記扉体を前記蝶着した部分より折曲して前記内扉片は、前記基箱の巾方向に前記外扉片は、前記基箱の奥行方向に収納してなる」とあるように、扉体の開放時において、扉体を、その蝶着部分から折り曲げて収納部に収納するものとし、その際、内扉片については基箱の巾方向に、外扉片については奥行方向に収納することを内容とするものであるが、扉体を折り曲げた際に、外扉片を奥行方向に収納するための技術手段については、何ら限定していない。そして、前出乙第1号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明を検討しても、上記技術手段として揺動腕を用いることについての具体的な開示も示唆も存しないことが認められる。

イ  一方、同願発明のbの要件においては、「基箱の前記空間の側部奥方で該基箱に一端を枢支され水平回動可能な揺動腕の他端を前記外扉片に枢着してなる」とあるように、一端が基箱の空間の側部奥方において基箱に枢支され、他端が外扉片に枢着された、水平回動可能な「揺動腕」を備えることを内容としているものであり、扉体を収納するための技術的手段が明示されているが、本件発明のように、内扉片を基箱の巾方向に、外扉片を奥行き方向に収納することについては記載されていない。

ウ  以上からみるならば、同願発明のbの要件についての記載は、<1>「揺動腕」の構成を含むものである点並びに<2>扉体を収納部に収納すること及びその態様について記載がない点において、本件発明のDの要件の記載と異なるものである。

4  上記の点のうち<2>については、同願発明のbの要件についての記載内容を、同発明の明細書中に前記2エのとおり記載されている事実と合わせ考慮するならば、同願発明に係る仏壇の扉体(内扉片、外扉片)は、その開放時に、bの要件における「揺動腕」の作用により、当然に扉体の蝶着された部分から折れ曲がるとともに、内扉片は基箱の巾方向に、外扉片は空間の側部奥方向に収納されることになるものと認めることが可能である。

そうすると、「揺動腕」は、同願発明の内扉片を基箱の巾方向に、外扉片を基箱の奥行方向にそれぞれ収納する機能を有するものであり、この収納機能のみに着目するならば、同願発明のbの要件に係る「揺動腕」は、本件発明のDの要件と同一の機能を果たしているものということができ、その点において、本件発明のDの要件は、同願発明のbの要件と共通し、いわば、同願発明のbの要件を上位概念的に表現したものとも考えられ、審決も、その点において上記両要件を同一のものと判断したものと解される。

5  しかしながら、特許法39条2項において、同日の出願に係る2以上の発明については、特許出願人間の協議が成立しなければ、一方のみならず、そのいずれについても特許を受けることができないとされている趣旨に鑑みるならば、同項における「同一の発明」とは、同日の出願に係る2以上の発明の一方の側からみた場合に、他方の発明と同一であるというだけでは足りず、同時に、他方の発明の側からみても、一方の側の発明と同一であるとみなされる関係にあることを要するものと解すべきである。

そして、同願発明のbの要件については、前記のとおり、「揺動腕」が実際に果たす機能の面からみて、本件発明のDの要件の下位概念に相当するものであるとしても、仏壇の扉体の折曲げ、収納手段を、その構造面から本件明細書に具体的に開示されていない「揺動腕」として特定したものであり、それにより、前記2、オのとおり、仏壇の扉体の開閉、収納手段を簡単に構成することができ、その組立性、作業性を向上させるという、本件発明(第2、5)にはない作用効果を奏するものであることが明らかである(なお、本件発明の「案内溝」及び「ガイド片」に基づく作用効果は、本件発明の実施例によるものであることが明らかであるから、それらを本件発明の作用効果と認めることはできない。)。

そうすると、同願発明のbの要件は、上記のとおり、本件発明とは別個の作用効果を生じさせる構成を含むものである以上、同願発明から本件発明をみた場合においては、bの要件は、本件発明の要件から把握することができないものといわざるをえず、bの要件は、本件発明のDの要件に一致するものとはいえないというべきである。

6  したがって、本件においては、特許法39条2項を適用するにあたり、本件発明のDの要件と同願発明のbの要件とを同一のものとみなすことはできないものといわざるをえない。

7  なお、被告は、本件発明の要旨からみて、同願発明における扉体の折曲げ手段を取り除いた形をもって、本件発明を理解することは不可能であるから、本件発明と同願発明とは同一の発明と解すべきである旨をも主張する。

しかしながら、本件発明においては、その構成上、扉体の折曲げ手段を当然に伴うものであるとしても、その手段が、同願発明における「揺動腕」以外に存在し得ないという関係にはないことは明らかである(現に、本件発明の実施例においては、前記第2、4のとおり、「揺動腕」を使用せず、「ガイド片」「案内溝」を用いている。)から、前記5において判示したところを考慮するならば、同願発明中に、本件発明においても必要とされる扉体の折曲げ手段の一つが示されていることをもって、直ちに、両者を同一の発明と認めることはできないものというべきである。

8  以上によれば、本件発明のDの要件と同願発明のbの要件について、これらを同一のものとした審決の認定判断は誤りというべきであり、また、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。

したがって、原告のその余の主張について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れないものというべきである。

第4  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

図面の簡単な説明

第1図は本発明の一実施例を示す斜視図、第2図は駆動装置を略示する斜視図、第3~5図はその作用を示す断面図、第6図は開閉装置を略示する断面図、第7図は駆動装置の他の例を示す斜視図、第8図はその作用を示す断面図、第9図は従来の仏壇を略示する線図である。

2……基箱、3……空間、5……内扉片、6……外扉片、7……扉体、9……案内溝、10……ガイド片、11……厨子、13……内の開き扉、15……外の開き扉、17……開閉装置。

<省略>

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図面の簡単な説明

第1図は本発明の一実施例を示す斜視図、第2図は駆動装置を略示する斜視図、第3~5図はその作用を示す断面図、第6図は開閉装置を略示する断面図、第7図は駆動装置の他の例を示す斜視図、第8図はその作用を示す断面図である。

2……基箱、3……空間、5……内扉片、6……外扉片、7……扉体、10……揺動腕、11……厨子、13……内の開き扉、15……外の開き扉、17……開閉装置。

<省略>

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